ウウェペケレ(昔話) 『洞爺湖の伝説』

(キムントーよ、君の伝説を語れ!)

 
 

 


第一部 キムントー (洞爺湖)

 ずっと、ず〜っと、むかしのことだ。
人間の時間で言うなら、いまから10万年ほども前の話なのさ。
 トーカラカムイ(湖造神)は、長い放浪の途中に立ち寄った、海を見渡す
小高い台地に広がる黒い森を見ながらしばらく考えていたんだが、やがて
得心したように「よし」と、大きくうなずいたんだと。
「このモシリ(土地)ならば、これまで造って来たどんなトー(湖)にも優る
最高のトーを造ることが出来るに違いない。」
そう言うと立ち上がり、大きな声でモシリカラカムイ(国造神)を呼ばわった。
モシリカラカムイとは、国を作る神様のことだ。

 しばらくすると、「おー、呼んだか・・・」と、破れ鐘の様な大声が返ってきた。
それは、モシリカラカムイの分身(分神)のキムンカラカムイ(山造神)と
アペカムイ(火の神)だったのさ。モシリカラカムイは、いまマッカリ(ペツ)
ヌプリ(山の後ろを廻る(川の)山:羊蹄山)と言う名のヌプリを造ろうとして
いて、どうもこうも、手が離せないから自分の身体を分けてよこしたのさ。
「おお、良く来た。キムンカラカムイよアペカムイよ。このモシリを見てくれ。
ここにトーをひとつ造りたいと思うのだが、それはどこにでもあるようなトー
とは違う。これまで、誰も見たことの無いピリカトー(美しい湖)を造りたいと
思うのだが、二人して手伝ってはもらえないだろうか。」と、トーカラカムイが
聞くと、キムンカラカムイは、「おもしろい。手伝おう」と言い、アペカムイは
「もちろん手伝おう」と答えたんだとさ。

 それから三人のカムイたちは、長いことチャランケ(話し合い)を続けて
いたが、やおらキムンカラカムイが立ち上がると森の真ん中に噴煙が
立ち上がり、アペカムイが立ち上がると轟音とともに火柱が上がって、
噴火が始まったんだと。
噴火は何日も何日も何日も続き、空が真っ暗になるほど沢山の火山灰を
舞い上げ、ついに真っ赤な溶岩が流れ出し、少しづつ山を造り始めた。
すると、山が高くなっていくのと反対に周りの地面がだんだんと沈み始め
たんだと。
山はどんどん高くなり、周りの土地はどんどんと低くなっていった・・・
そうして陥没の底の深さが人間の100人ほどになり、山の高さは、
その底から人間の300人ほどの高さになった時、ようやく噴煙は収まり
溶岩の流れも止まったのさ。

 キムンカラカムイとアペカムイは、新しく出来たポロシリ(大きな山)と
名づけた山の頂に登り「さあ、これで俺たちの仕事はすっかり終わった。
あとはトーカラカムイのお手並み拝見だな。」と満足げにしゃべったんだと。
それは、3人のカムイの思った通りの山が出来たからだったんだな。
そしてキムンカラカムイは、そのまま深い眠りについてしまった。力を、もう
全部使い果たしてしまったからなのさ。
アペカムイは、しばらくトーカラカムイの仕事ぶりを見ていたが、レラカムイ
(風の神)に誘われるように、ふらりとどこかへと行ってしまったんだと。 

 トーカラカムイは腕によりをかけて、降り積もった火山灰で地形を整え、
ポロペツ(大川)をはじめ多くのペツ(川)を造り、伏流水や雨を集めて、
凹は少しづつトーらしくなっていったのさ。
何年も経って程良く水が溜まった頃、トーカラカムイはトーの南岸へ行き、
トーの周りに程好くヤ(岸辺)の土地が残る様に、程好い水の出口を造った。
 
 この出口はソー(滝)になっていて、今は壮瞥滝と呼ばれる滝と壮瞥川の
ことなんだと。いまでいえば、壮瞥滝は水道の蛇口みたいなもんだな。
そして、程好いトーの周りのヤは、これが今のトーヤの元だと。

 トーカラカムイはトーの周りを何度も何度も行き来し、間違いの無いことを すっかり確かめてから西の湖畔で腰を伸ばし、身体中に付いた火山灰や   塵をきれいにはたき落とし、一息ついて、やっと自分の最高の仕事に満足   したのさ。

 そして仕上げに、キムンカラカムイの力を借りたトーをキムントーと名付け、今は中島となったポロシリをトーノシケヌプリ(湖の中央の山)と名前を変えて、カムイモシリへと帰っていったんだと。
いや〜、それにしても、たいしたゆるくない仕事だったべさ。
ところで、トーカラカムイが最後に身体からはたき落とした火山灰なんだが、 それがほれ、あの珍小島になって今に残ったということだ。

と、一人のカムイは話した。 

 

 


第二部 ウフィヌプリ (有珠山)

 今から2万年ほど前のある日のことだ。8万年ぶりにキムントーの中島、
トーノシケヌプリで目を覚ましたキムンカラカムイは、身中にたまった、
あふれる力を爆発させようとしたが、すんでのところで思いとどまった。
「あぶないあぶない。トーカラカムイに、なまら怒られるとこだった・・・」
トーカラカムイが丹精を込めたこのピリカ(美しい)トーや、程良いヤ、
それにソーの美しいたたずまいに、トーカムイ
やソーカムイが上手く
このトーを治めていることを感じたからだったんだと。

 そこで、キムンカラカムイはトーの南の場所に目をつけた。さて、どんな
山を造るか・・・と周りを見回したところ、北の方にそれまで見たことの無い、
美しく大きな山があるのが見えた。
「そうかあれが、モシリカラカムイが造ると言っていたマッカリ(ペツ)ヌプリ
だな」と思った。モシリカラカムイの分身だから、こういうときには話が早い
わけなのさ。
キムンカラカムイは、美しいマッカリ(ペツ)ヌプリを手本にして、キムントー
の南に新しいヌプリを造り始めたんだと。
5千年もの時をかけて何度も何度も噴火を繰り返し、マッカリ(ペツ)ヌプリ
に良く似たピリカシリ(美しい山)を造り、出来栄えに満足してトーカリヌプリ
と名をつけて、また、そこで長い休息に入ったのさ。

ところが7千年ばかり前のことだった。

北に、魔神ニッネカムイの住む山があったが、雷神の助けを借りた英雄
オタストシクルが六日六晩の戦いで手下の悪神のほとんどを退治した
んだと。しかし、ニッネカムイだけは黒い雲を吐き、雨を降らせながら、
山から谷、谷から森へと逃げ回り、雄阿寒に救いを求めた。雄阿寒は
ものも言わずに岩の拳骨をくれたので、ニッネカムイは泣き声で雌阿寒
にすがったのさ。情にもろい雌阿寒は、つい哀れに思ってかくまって
やったんだが、ある時、ゴロゴロと見回る雷神の目を盗んでニッネカムイ
は雲を被って逃げだした。そしてキムントーの南まできて、トーカリヌプリ
に逃げ込もうとしたときだ。追いかけてきた雷神の投げた光の槍が、山に
あたってしまったのさ。

そのときだ、気の毒なことに深い眠りから突然叩き起こされたキムンカラ
カムイは思わず怒りを暴発させて、自慢のトーカリヌプリの美しい山体を
すっかり崩壊させてしまったんだと・・・。
失敗したと思ったって後の祭りさ。どうしたって、もう元には戻せないもの。
しかたなく山の名前をウフィヌプリ(燃えている山:有珠山)と変えて、失意
のままで三度目の眠りについたんだと。
この時に発生した岩なだれで、ウス(入り江:有珠)の砂浜は、今の様に
ごつごつと岩だらけで複雑な海岸線になったんだと言うことだ。

次にキムンカラカムイが目覚めたのは、いまから350年ほど前のことだ。
このときはもうすっかり人間の世界になっていて、山の名前も、いつの間
にかウフィヌプリに近くの海岸の地名のウスが混ってしまって、人間たち
からは、ウスヌプリ(有珠山)とも呼ばれる様になっていたのさ。

もう、自由に山を造ることが難しくなったなと考えたキムンカラカムイは、
ウフィヌプリをその名の通り、元の燃える山に造りなおそうと考えたらしい
のさ。
それからは数十年ごとに噴火を繰り返しては、小有珠を造り、オガリ山を
造り、大有珠を造り、明治新山(四十三山)を造った時には、トーヤに温泉
を湧出させた。これが今の洞爺湖温泉と壮瞥温泉の始まりなんだと。
 
それからも、東麓に足掛け3年をかけて標高400mを超える昭和新山を造り、
有珠新山を造って、いまでもそれを続けているのは、皆も知っての通りだ。


と、一人のカムイは誇らしげに話した。

※トーカムイは洞爺湖グリ-ン、ソーカムイは壮瞥滝ブルーのこと。
ウフィヌプリ(有珠山=昭和新山=キムンカラカムイ)が、昭和新山レッド。
 


第三部 人間の世界

 幾千年ほどの前からか、いつの間にかアイヌ(人間)たちが北の大地に
住む様になり、北の大地をアイヌモシリ(人間の大地)と呼ぶようになって
いたのさ。
やがて、ウスにもアプタにも、その周りにも多くのコタン(村)が出来て、
沢山のアイヌが暮らすようになったんだと。
アイヌたちは、山にも湖にも、滝にも、そして生あるものの全てがカムイだ
と信じて、恐れ、敬い、感謝の祈りを捧げていたんだ。だからカムイたちも
そんなアイヌに、山からも川からも海からも、豊かな恵みを与えたんだと。
穏やかでラムピリカ(正しい精神)の中で共に暮らしていたんだな。
こうした時間というのは、カムイにとってはほんのわずかな時間でしかない
けれど、アイヌにとっては長く幸せな時間だったのさ〜。

 ところがあるとき、アイヌモシリに和人(日本人)がやってきたのさ。
アイヌたちは、彼らをシサム(良き隣人)と呼んで迎え入れたんだ。
シサムは次々とあふれるように増え続け、アイヌモシリの隅々にまで
入り込んでいったんだと。

 ある日、とうとうキムントーのヤにもやシサムはってきたのさ。
そして、シサムは「ここはなんと言うのだ」と、湖の名を聞いたんだと。
すると、エカシ(長老)は、「ここはトーヤだ」と、土地の名前を教えた。
それからだ。シサムたちは、土地のことばかりかこの湖のことも、トーヤと
呼ぶようになったのさ。
ついには、アイヌモシリが北海道と名前が変わってしまった様に、キムントー
もトーヤ湖と呼ばれ、今ではすっかり洞爺湖に変わってしまったんだ。
もし、シサムが「この湖はなんと言う名だ」と聞けば、エカシは「キムントだ」
と教えたはずなのさ。そうすれば、この地は「北夢都(キムント)」と呼ばれ、
トーは「北夢都湖」、または「北夢湖」と、今でもトーカラカムイが名づけた
本当の名前で呼ばれていたはずだったのさ。

と、一人の男は少し残念そうに、そして愉快そうに話した。

  イヤイライケレ

 ※ちなみに、「北夢湖」は「キムコ」では無い。これでキムントであるので、
   念のため。


 
                                     09.03.08

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